息子を突き出す父親も:密告が奨励されるロシアの現在
ロシアによるウクライナ侵攻開始以来、ロシア政府は厳しい検閲を定めた法をいくつか導入して戦争への批判を取り締まっている。
ロシアにおける人権問題をモニターしている「OVD-Info」によると、侵攻開始以降にロシアの戦争行為を批判して立件された事件は少なくとも813件存在するという。
2022年3月、プーチン大統領は「社会を浄化」すれば国家は強くなると発言。さらに、ロシア人は「いつでも真の愛国者と裏切り者のくずを区別できる。後者は口に入った虫のように吐き出されるだけだ」とも述べている。
こういった大統領の発言を受けて、公正ロシア党は「非愛国的な」市民の情報を送れるウェブサイトを開設したという。『モスクワ・タイムズ』紙が報じた。
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同紙によると、同様のキャンペーンは各地で相次いでおり、「政治的に正しくない隣人、同僚、さらには家族まで」密告することが奨励されているのだという。
たとえば、モスクワの学生エルミラ・ハリトワ(21)は自身の父親に密告された。父親曰く、エルミラは酔った際に人々に「ロシア人を殺せ」と呼びかけたのだという。本人はそのような発言があったことを否定している。
エルミラは『モスクワ・タイムズ』紙に、父親がそのような仰々しいことをしでかしたのは「テレビによるプロパガンダに乗せられた」せいだと語っている。父親の政治観はテレビの政治番組に大きく影響されており、そのテレビは国が厳しくコントロールしているからだ。
2022年3月にマリウポリの劇場が爆撃された時、サンクトペテルブルクに拠点を置くアーティストのアレクサンドラ・スホチレンコはスーパーマーケットの値札をすり替えて、数百人の市民がウクライナで殺害されていることを伝える活動を行った。アルジャジーラが報じている。
同じ店の顧客の一人がその活動を通報したため、スホチレンコは「虚偽情報の拡散」の罪で逮捕された。アルジャジーラによると、最大で10年間の懲役刑となりえるとされている。
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ロシアにおける密告はソビエト時代にも盛んだった。見知らぬ他人や隣人、同僚などが反共産主義的だと見なされて密告された。
ロシア政府系メディア「ロシア・ビヨンド」によると、1926年に制定された刑法で、「反革命的犯罪の計画や実施について、正確な情報を報告することを怠った」ものに対する懲役刑が定められていたという。
ソ連共産党中央委書記長だったコンスタンティン・チェルネンコ(写真)はかつてこう述べている:「共産党は多くの自主的な情報提供者を擁している。すべての個人について、党は正確に現状を把握している」
歴史家のボリス・エゴロフは、密告に協力したソビエト市民の多くは心から国家のためになろうとしていて「革命の敵」と戦っているという意識があったので、密告システムを自身の個人的な利益のために用いた人は限られていたと語っている。
その状況はいまも同じだ。人類学者のアレクサンドラ・アルヒポワは独立系メディア『メドゥーザ』が最近公開したポッドキャストの中で、多くのロシア人にはいまも密告する際に「なんらかの正義」を実行しているという感覚がある、と述べている。
アンナ・コロブコワは密告者をすすんで自認しており、その習慣はスターリン時代に匿名でソビエトの秘密警察に通報を行っていた祖父から学んだものだとBBCに語っている。
アンナはこれまで1,397通の密告書を書いたとしている。戦争を批判した人は誰でも密告し、その結果多くの人が罰金刑や解雇、「外国のエージェント」指定などの措置を受けたという。
アンナはBBCにこう語っている:「そういった人たちのことを気の毒に思うことはありません。私の密告で罰されたのなら嬉しく思います」
あるロシア政府関係者は、侵攻開始以来政府はあまりに多くの密告を受け取っており、その調査や「果てのない告発」を記録するために多大な時間が費やされているとBBCに語っている。
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密告は政府内でも盛んに行われている。モスクワのクラスノセリスキー区役所で次官を務めていたエレナ・コテノチキナは会議中にロシアのことを「ファシスト国家」と呼んだことが原因で国を逃れなければならなくなった。
今ではロシアから指名手配を受けているコテノチキナは、現在のロシアの状況はソビエト時代と同じようなものだと『モスクワ・タイムズ』紙に語っている。
彼女はこう語っている:「人々が自身の考えのせいで投獄されています。そして国はまるで1930年代のように、密告を奨励しているのです」