カニ食の危機:史上初めて禁止されたアラスカ沖のズワイガニ漁
アメリカ海洋漁業局とアラスカ州漁業狩局は、2022年から2023年シーズンのズワイガニ漁は禁止することを発表した。ベーリング海のズワイガニの個体数が漁を認められる基準量に満たないことから、史上初めてとなる”禁漁”に踏み切ったのだ。
カニ漁はアラスカで最も収益性の高い産業の一つとなっている。世界中で珍重されるアラスカ産ズワイガニは、年間およそ1億6千万ドルの利益をもたらしているのだ。
CNNの報道によれば、ズワイガニの個体数は2018年の80億匹から2021年の10億匹に激減しているという。その原因はどこにあるのだろう?
アメリカ当局は、ズワイガニの個体数が減少を続ける原因は一つではなく、しかも今に始まった問題でもないと指摘している。ことの発端は、カニの個体数が異常に増加したほか、記録的な熱波により海水の温度が急上昇した2018年にさかのぼる。
アラスカ沖では2018年に、海水温が異常に高い状態が5日以上続く「海洋熱波」と呼ばれる現象が発生。プランクトンの激減など生態系に大きな影響を与えたほか、アザラシや海鳥の死亡が相次ぎ、低温下で生育するズワイガニにも大きな打撃を与えた。
アメリカ海洋大気庁(NOAA)は毎年トロール調査を実施し、資源量などを推定している。その2019年の調査結果から、ズワイガニが激減していることが判明した。
生物学者たちは、前年にみられた気候変動がカニ減少の直接的な原因ではないかとみている。というのもズワイガニは、コールドプールと呼ばれる海底の冷水層を繁殖地としている。ほかの魚や捕食魚は低温を避けるためコールドプールは幼生のカニにとり聖域となっていた。しかし、記録的な海洋熱波の発生によりコールドプールの存在が脅かされ、若いカニの個体数が急激に減少してしまったのだ。
アメリカ海洋大気庁(NOAA)の2021年のトロール調査によれば、減少しているのは若いカニだけではない。成体のカニもアラスカ沖の海水温上昇の影響を受けて数を減らしている。
アラスカ漁業科学センターの海洋生物学者エリン・フェデワは『ガーディアン』紙のインタビューで次のように語っている:「いつもは数千匹のズワイガニをサンプル抽出する場所で、数百匹しか採取できなかった。そのため、何かがおかしいと感じ始じことを覚えている」
アメリカ海洋大気庁(NOAA)が毎年作成しているベーリング海の海底調査によれば、2022年終わりにはズワイガニの生息数が破滅的な状態になるという。
ズワイガニの激減は、アラスカ漁業にとって大きな損失となる。そして、これほど大量のカニがいなくなることは、ベーリング海域の生態系にとっても大きな問題となる。捕食魚や軟体動物がエサを失いほかの獲物に頼らざるを得なくなると、より大きな生態系破壊につながりかねないのだ。
ベーリング海の水温が上昇を続けると、カニの稚魚が十分に成長するためのコールドプールの領域がますます小さくなっていく。そうなれば、カニの過密化、エサ不足、病気などを引き起こし、個体数がますます減少することになる。
ズワイガニはこれまでコールドプールのおかげでほかの捕食魚から守られてきた。しかし、このまま水温が上昇を続ければ、冷たい水にあまり適応していないタラがベーリング海に移動を始め、ただでさえ個体数が減少しているカニを捕食するようになる可能性がある。
ズワイガニの個体数が激減しているのは、気候変動に加えてトロール(底引き網)漁も関与しているのではないかとする関係者もいる。
地元のカニ漁師たちは、商業用のトロール漁船が海底をやみくもにかき回す漁法に不安を抱いている。海水温の上昇に伴い、高額で取引される魚の群れが北上すれば商業漁業も北上していく。そうなればズワイガニの生息地でトロール漁が始まり、意図せずともカニが捕獲されてしまうだろう。
『ガーディアン』紙が海洋生物学者エリン・フェデワにトロール漁について意見を求めたところ、「つねに何らかの混獲が起こります。とくにカニが脱皮して防御力のおちる春の時期は危険です」という答えが返ってきた。
トロール漁業がカニの個体数にどのような影響を与えるかは、さらに詳しい調査が必要だ。そして、多くの人々は、カニの個体数減少の直接的な原因は気候変動にあり、ズワイガニの絶滅を防ぐためにはさらなる努力が必要だと考えている。
今年のカニ漁の中止が発表されたことをうけ、北太平洋漁業委員会(NPFMC)はカニの生息数の回復を支援する意向を固めた。一方、アラスカのカニ業者の多くは、禁漁に伴う損失を政府に補填してもらうことを望んでいる。年末に向けて需要が高まるズワイガニだが、禁漁が決まったことで今年は高根の花となることが予想される。