住みなれたサファリを追われるマサイ族:放逐の理由は「自然環境の破壊」......?
マサイ族といえば、アフリカを代表する先住民族の一つであり、タンザニアやケニアの旅行パンフレットには必ずといっていいほど登場する。しかし今、マサイ族は慣れ親しんだ土地を去らなければならなくなっている。彼らの意思とは無関係に、タンザニア政府がそう決めたからだ。どうしてそんなが起きているのだろう?
タンザニア政府は、およそ8万2000人のマサイ族をンゴロンゴロ保全地区(NCA)から移住させようとしている。「ンゴロンゴロクレーター」(火山噴火跡の巨大なカルデラ)でも知られるこの一帯には、ヌーやガゼル、シマウマなどが生息しており、マサイ族も数百年前から生活を営んできた。そんなマサイ族は、2027年までに西アフリカの別の場所に追いやられるという。それも自然保護という名目によってだ。
サミア・スルフ・ハッサン大統領率いるタンザニア政府がその根拠として引き合いに出すのは、2019年の研究である。研究によれば、マサイ族の存在は自然環境への脅威に分類される。彼らは人口を増しており、規模を増す家畜の群れと拡大する農耕によって、野生動物の生息環境を脅かしているのだ。彼らの活動から自然環境を守らなけらばならない、というのが政府の言い分である。ところで、マサイ族が暮らす自然保護地区は、ツーリズムという面でとてもお金になる。
しかし、マサイ族は住み慣れた土地を富裕層向けの観光やサファリ(野生動物の狩猟ツアー)のために明け渡すつもりはさらさらない。「マサイ族のような土着コミュニティーの伝統的な生活様式は、生態系への脅威とはならない」と、彼らは断固として主張している。
ドイツの『フランクフルター・ルントシャウ』紙によると、タンザニア政府がマサイ族を追い出したあと、自然保護地域では「オッテルロー・ビジネス・コーポレーション」が利益を上げることになるという。同カンパニーはアラブ首長国連邦の狩猟ビジネス会社で、1992年から一帯を賃借しており、豪華な滞在施設と飛行機の離着陸場を建設している。
同ドイツ紙の記事によると、野生動物の狩猟はタンザニア政府にとってじつに実入りのいいビジネスだという。野生動物を一頭仕留めるごとに税が発生し、政府の財布をうるおす仕組みになっているのだ。
現在問題となっているタンザニア政府とマサイ族の対立は、ンゴロンゴロ保全地域の北に位置するロリオンド地域の1500平方キロメートルのエリアに関わるものである。ちなみに、ロリオンド地域の北西にはセレンゲティ国立公園が広がっている。政府は「自主的な再定住」という言葉を使っているが、現実はそれほど穏当ではない。
この問題を取り上げたアムネスティ・インターナショナルの報告によると、政府の強制的な措置を受けて、多くのマサイ族が森に逃げ込んでおり、結果として子どもたちの教育が中断されてしまっている。また、マサイ族の所有する家畜が放牧許可地区の外にさまよい出た場合、政府はその家畜を収容し、法外な手数料をふっかけているという。
政府の弾圧を受けて、タンザニアからケニアへ逃がれたマサイ族もいる。彼らがドイツのニュース番組『ターゲスシャウ』に語ったところによると、武器を携えてやって来た警察と治安部隊に、土地は政府のものだから出ていくよう言われたという。どこへ行ったものか分からずおろおろしていると、警官が「女子や年寄りに対しても容赦なく」銃撃を始め、「私たちの家を壊し、家畜を殺してしまった」。その結果、彼らはケニアに逃れる羽目になった。
アムネスティ・インターナショナルの情報によると、強制的な追い立てはすでに2022年6月という早い時期から始まっていた。マサイ族の抗議を抑え込むため、当局が暴力に訴えたのだ。その結果、マサイ族の住人が1人警察の銃撃によって死亡したほか、法執行官の1人もマサイ族の槍を受け死亡、その他30人が重傷を負った。
マサイ族の人権弁護士であるジョセフ・オリシェンゲ(Joseph Oleshangay)は、9月初めにベルリンの左派メディア「The Left Berlin」にて、「ンゴロンゴロは包囲されている」とする声明を出した。それによると、8月から9月にかけてEU代表団やユネスコ代表団がタンザニア政府によって同地区への立ち入りを阻まれてしまったという。また、先住民保護に取り組むNGO「サバイバル・インターナショナル」は9月、欧州議会議員(MEP)による立ち入り調査がやはり政府によって阻まれたと報告している。MEPは、マサイ族への人権侵害が「保護」の名のもとに行われていないか調査を行う予定だった。
2023年5月末、マサイ族の代表団がヨーロッパに到着し、国際的な理解を求めてドイツの政治家と面会した(さまざまなNGOの代表もそこに付き添った)。というのも、ドイツから大量の資金がタンザニアに流れ込んでいるからだ。
写真:Screenshot website FIAN Germany.
ドイツはタンザニアにおける自然保護プロジェクトを支援しており、年間8000万ユーロ(約120億円)の予算を計上している。批判の矛先は「フランクフルト動物学協会」(ZGF)にも向けられている。この協会は、タンザニア国立公園局のパートナーとして密接な関係にあるのだ。
「あなたがたのお金が人権侵害を助長していることはないと100パーセント断言できないなら、資金援助は控えてほしい」。国際人権NGO「FIAN Germany」によると、これがマサイ族の訴えである。
マサイ族が強制移住の憂き目にあうのはこれが初めてではない。じつは、1951年にイギリス植民地政府がセレンゲティを国立公園に設定したときも、当地で牧畜生活を営んでいた彼らは立ち退きを迫られたのだった。国立公園に人は住んではならないからだ。しかし、1959年にンゴロンゴロ保全地区がセレンゲティ国立公園から分離独立する形で設けられ、マサイ族はそこに暮らすことが認められたのである。
その後、1970年代にはンゴロンゴロクレーター内の土地利用をめぐって政府との対立があったり、観光業の発展による変化をこうむったりしつつも、マサイ族はその土地で暮らし続けてきた。だが、ンゴロンゴロ保全地区の設立から60年あまり経った今、約束は反故にされようとしている。マサイ族もすごすごと引き下がるつもりはないが、自然保護を名目とした政府の暴挙を跳ね返すことはできるだろうか?