アルゼンチン新大統領:極右ハビエル・ミレイ:トレードマークはチェーンソー
「特権階級との決別」を掲げ、ふたたびチェーンソーを振り回すハビエル・ミレイ。自由至上主義を標榜してアルゼンチンの大統領選を制し、12月10日に就任した。
10月22日に行われた1回目の投票でミレイ候補が30%を獲得したことは驚きをもって受け止められたが、決選投票ではそれを遥かに上回る56%の得票率で当選。すでに政界引退を表明したライバル候補のセルヒオ・マッサに12ポイント差をつけての勝利となった。
ジャーナリストのファン・ルイス・ゴンサレスはハビエル・ミレイの伝記タイトルに『El Loco(変人)』を選んだが、12月初旬にはこの「変人」が「自由前進党(LLA)」を率いてアルゼンチンの舵取りを担うことになる。
1回目の投票ではライバル候補に首位を奪われていたハビエル・ミレイだが、決選投票に向け押しの強い選挙キャンペーンを展開。奇をてらった候補に過ぎないと思われていたが、大統領府のあるじの座に収まってしまった。
アルゼンチンは民政に復帰してからというもの、コロナ禍の時期をのぞいて常に80%近い投票率を維持してきた。しかし、同国の選挙管理委員会によれば、今回は有権者3,580万人のうち投票に赴いたのは76%あまりだったという。
2020年に代議員となって以来、アルゼンチン政界で勢いを増す経済学者のハビエル・ミレイ。1970年10月22日にブエノスアイレスで誕生した。
「自由至上主義」や「極右」と形容されることが多いハビエル・ミレイだが、その政治的傾向はペロン主義(アルゼンチンで支持を集める左派ポピュリズム)とも従来的な右派とも異なっている。
物議を醸すミレイ大統領の主張には中絶反対や銃規制撤廃、臓器売買の合法化(いわく「市場が増えるに過ぎない」)に加えて、省庁の統廃合や地球温暖化の否定などがある。
アルゼンチンはたびたび政治・経済的な危機を経験しているが、現在も深刻な事態の真っ只中にある。過激なミレイ新大統領の主張が人々に受け入れられたのは、このような背景によるものだ。
もともと経済学者のハビエル・ミレイは全国紙のコラムニストとしてメディアにおける存在感を獲得。ラジオ番組やテレビ番組のレギュラーゲストとして国政について語り、人気を博した。
ライオンのたてがみのような髪をなびかせ、テレビ討論会のスターとなったミレイ大統領。怒りを爆発させては躊躇なく相手を罵倒することで知名度を上げたのだ。
2019年にミレイ大統領はリバタリアン党(PL)への加入を発表。1年後には野党勢力のリーダーとして、ブエノスアイレス市から代議員選挙に出馬することに。
2021年には、野党連合としてスタートした「自由前進党(LLA)」の支持を得て31万3,808票(17.04%相当)を獲得、代議員となった。
アルゼンチンでは大統領選に先立って予備選挙が行われるが、このときミレイ候補の得票率は30%に達した。本番1回目の投票でもふたたび同水準の票を獲得し、1ヵ月後の決選投票ではその数をほぼ倍増させてしまった。
ハビエル・ミレイが打ち破ったのはアルゼンチンで根強い人気を誇るペロン主義だけではない。パトリシア・ブルリッチ候補率いる従来的な右派から支持を奪い、決選投票からはじき出してしまったのだ。
大統領選ではチェーンソーを振り回したりステージで歌声を披露したりするなど、劇場型の選挙活動を展開。派手なパフォーマンスで人々の耳目を集めることに成功する。
中絶反対や銃規制撤廃に加えてミレイ大統領が掲げる主要な政策が公共支出の削減と減税だ。ムダな支出を抑えるため、教育スポーツ省や保健・社会開発省、公共事業・住宅省などを統廃合するとしている。
近隣諸国との関係という点でもミレイ政権の誕生は波紋を呼びそうだ。ベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領やキューバのミゲル・ディアス=カネル大統領を「麻薬密売人かつテロリスト」呼ばわりしているのだから。
一方、同じように過激な言動で知られるドナルド・トランプ元米大統領やブラジルのジャイル・ボルソナロ元大統領については公然と支持している。
ミレイ大統領の演説はその内容だけでなく、剽窃疑惑でも物議を醸している。たとえば、アルゼンチン誌『Noticias』はミレイ次期大統領が引用元に言及せずに他人の言説を自著に利用したとして、「大いなるパクリ魔」の汚名を着せたほど。さらに、政治運動における資金繰りにも不透明な点があると指摘されている。
ブエノスアイレスのベルグラノ大学で経済学の学位を取得した後、国内外の大学で金融理論や数学、経済学の教鞭を執ってきたハビエル・ミレイ。HSBC銀行や世界経済フォーラムでもポストを歴任している。
2021年には経済学の講義で受講者10万人を達成。それまでのギネス記録(2万人)を塗り替えた。
仮想通貨の普及を支持するミレイ大統領は、エルサルバドルが実施したような法定通貨のビットコイン化も視野に入れているようだ。しかし、第一に掲げる経済政策は「ドル化」、つまり自国通貨ペソと中央銀行を廃止し、米ドルに移行してしまおうというのだ。これは多くの経済学者たちから狂気の沙汰だと見なされている。
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自由恋愛を標榜するハビエル・ミレイは今のところ結婚しておらず、子供もいない。以前は歌手のダニエラ・モリと交際していたが、現在のパートナーは女優でダンサーのファティマ・フローレス(写真)だ。
また、ミレイ大統領には愛犬に関する奇妙なエピソードがある。コナンという名のイングリッシュ・マスティフを飼っていたが死んでしまったため、5匹のクローンを誕生させ、ミルトン・フリードマンやマレー・ロスバード、ロバート・ルーカスといった経済学者の名前をつけたというのだ。
就任式では前大統領から杖の受け渡しが行われたが、その握りにはミレイ大統領の愛犬5匹の肖像が彫り込まれていた。
就任式ではミレイ大統領の妹、カリナ・ミレイも存在感を発揮した。兄からは「ボス」と呼ばれ、信頼されているという。