ロシアは核兵器を使用できない......?その思いがけない事情とは
ロシアによるウクライナ侵攻から始まった戦争が長期化する中、ウラジーミル・プーチン大統領が戦術核兵器の使用に踏み切る恐れについて多くの専門家が指摘している。だが、いくつかの理由からそれが現実となる可能性はあまり高くないと見られているようだ。
今回のウクライナ侵攻によって明らかになったのは、ロシア軍の装備や練度がかなり不十分なものであり、ソ連崩壊以降に西側諸国の専門家が想定していたような水準には到底達していないということだ。
ロシア軍の戦争遂行能力はかなり低く、開戦からの約2年でわかったのは、ここ20年ほどは装備品の保管や保守もろくにされていなかったということだ。車両のタイヤがパンクし、整備不良のAK-47を使っている様子からは、ロシア軍の武器庫の状態がうかがい知れる。そして、それは核兵器についても例外ではないかもしれない。
BBCによると、ロシアは5977発の核弾頭を所有し、うち約1500発が配備中だという。これほどの数の核弾頭を保守点検するのは容易なことではない。
国際的な核兵器廃絶をめざす運動体である「核兵器廃絶国際キャンペーン」が示した数字によると、2021年にアメリカは核兵器のメンテナンスに442億ドルもの費用をかけたという。一方、ロシアはたった86億ドルしか使っていない。
ロシアが保有する核弾頭はアメリカよりも格段に多い。それなのに、アメリカの五分の一の金額でいったいどのようにしてメンテナンスしているのだろうか?
ロシアの核兵器が使える状態にないことをしめす証拠がある。アメリカの政府筋によると、2022年9月、プーチン大統領はロシアの新型原子力魚雷ポセイドンのテストを行ったが失敗したという。
さらに2022年12月には、大陸間弾道ミサイル「ブラバー」の発射テストに失敗したとロシア政府が発表した。
ロシア国防省の広報によると、「ミサイル発射の最初の2ステージは正常に進行したが、次の第三段階で技術的問題が発生した」という。
仮に核兵器が正常に使用できたとしても、本当の問題はその先にある。核兵器はとうぜん、戦略的なゴールを達成するために使用されるわけだが、ではそれに見合ったターゲットはなんだろうか。ウクライナでの戦争において、核兵器を使用することに伴うネガティブな影響に見合うような重要目標は存在しないのだ。
ウクライナの都市に対して大型の核兵器を使用することには戦略上の意味はない。となると残された選択肢はより小規模な出力の戦術核兵器だが、それにもまた難しい問題が存在する。
アメリカのメディア『アクシオス』のジャーナリスト、ロバート・ケリーはこう語る。「戦術核の攻撃目標にできるほどにはウクライナ軍は密集していません。戦略的に意味のあるウクライナの軍事目標に対しては、通常戦力で十分なのです」
ケリーはこう続ける:「5キロトン以下の小型の戦術核でさえ、大規模な破壊をもたらすのです」
仮にプーチン大統領が戦術核を使う気になったとしても、自軍にも確実に影響を及ぼす兵器の使用には反対するものも多いだろう。
しかも、プーチン大統領にとってほんとうに悩ましいのは目標の選定や自軍への損害ではない。最大の問題は、ウクライナに対して核兵器を使用した際に直面するであろう、地政学的反動だ。
「いちど核兵器を使用すると、これからの戦争ではそれが普通になるという恐ろしいビジョンが広まります。そうなると、西側諸国に対して最大級に敵対的な体制でさえ恐怖することになります」と、ケリーは語る。
プーチン大統領はこれまでなんども脅すような形で警告してきたが、2022年10月に行われた会議において、ウクライナで核兵器を使用する計画はないと明言した。
「(ウクライナで核兵器を使う)必要を感じていない。政治的にも、軍事的にも意味がない」とプーチン大統領はコメントした。
アメリカの放送局、NPRのグレッグ・マイヤーによるインタビューにおいて、国防専門家マイケル・バンはロシアがウクライナで核兵器を使用する確率を10~20パーセントと見積もっている。
「核兵器はかれこれ77年も使われておらず、タブー化していると言う人もいます。この、戦闘において核兵器を使用しないという伝統はなんとしてでも守られねばなりません」とバンは言う。
また、さいきん、ヨーロッパの放送局ユーロニュースが、ニコライ・ソコフ氏にインタビューしてこの問題についてコメントを求めた。ソコフ氏はウィーン軍縮不拡散センターのシニアフェローかつ、ロシア外務省の元アドバイザーだ。
ウクライナでの核使用の可能性について問われると、ソコフ氏は「ウクライナに対して核兵器を使うかということなら、その可能性は限りなく低いでしょう。ですが、もちろん、いまは何が起きてもおかしくない情勢ではあります」と述べた。
しかしソコフ氏はこうも付け加えた。「ウラジーミル・プーチンやその周囲から発せられてきた核兵器使用に関するシグナルは、開戦当初から、すべて西側諸国、NATOに対して向けられたものであり、ウクライナに対してではありませんでした」。ソコフ氏はこれを良い兆候とみなしている。たしかに核兵器は使われなさそうだ……ウクライナでは。