15世紀に記された謎の古文書:「ヴォイニッチ手稿」が解読される日はいつ?
地球上にはいまだ解読されていない書物があることをご存じだろうか。いくつかあるなかでも、1912年にイタリアで発見された「ヴォイニッチ手稿」は人々の興味をかき立ててきた。
「ヴォイニッチ手稿」は謎めいた文字が手書きされたイラスト入りの古文書で、専門家たちはこの書記体形を「ヴォイニッチ文字」と呼んでいる。
この古文書には植物や宙に浮かぶ頭、星座、ドラゴンをはじめとする架空の生き物、城、入浴する人々、惑星記号などが、240ページあまりの羊皮紙に描き込まれている。
写真:Towfiqu Barbhuiya / Unsplash
ヴォイニッチ手稿は15世紀から16世紀にかけて書かれたとされている。実際、羊皮紙やそこに描かれた記号・デザインの分析からも、ルネサンス期のイタリアで書かれた可能性が高いことがわかっている。
研究者たちは手稿に描かれたイラストに基づいて、植物学・天文学および占星術・生物学・宇宙論・薬学および処方という6つのセクションに分類している。
しかし、正確な出所や作者、作品の意図はいまだ不明だ。すでに膨大な時間をかけて内容解読の試みが行われてきたが、大まかな構成以外にわかっていることは何もないのだ。
手稿は多くの所有者のもとを渡り歩いたと考えられており、16世紀の神聖ローマ皇帝ルドルフ2世もそのひとりだ。その後、何度か持ち主が変わり、1903年に闇古本市で売りに出されたことで存在が知られるようになった。
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「ヴォイニッチ手稿」という呼び名は、1912年にローマ近郊のイエズス会学校からこの手稿を買い取った古書商、ウィルフリッド・M・ヴォイニッチにちなんだものだ。
ヴォイニッチの妻は夫の死後、この謎めいた古書を古物商のハンス・P・クラウスに売却。クラウスが1969年にイェール大学のバインネック稀覯本図書館に寄付し、現在に至っている。
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多くの場合、全240ページだとされているが、この数字は羊皮紙の数え方によっても変わってくる。ベラム紙製で寸法は23.5 cm × 16.2 cm × 5 cmだ。
絵画のスタイルを分析した結果、15世紀(1404年から1438年にかけて)のものであることが判明。放射性炭素年代測定の結果も、この説を裏付けている。
この手稿の内容について、現時点では中世医学・薬学の手引きだという仮説が有力だ。しかし、記載されている植物の一部は特定されていない。一方で、占星術との関係も指摘されている。
第二次世界大戦中にドイツが用いた暗号機「エニグマ」を解読したことで知られるアラン・チューリングや、米国の女性暗号解読官エリザベス・スミス・フリードマンもヴォイニッチ手稿の解読に挑戦している。
『Yale Medicine』誌によると、アマチュア研究者のニコラス・ギブスが2017年9月に解読成功を主張。
英国の文学雑誌『Times Literary Supplement』が公開した記事の中でギブスは、この手稿は「中世の標準的な治療法を抜粋した手引きであり、社会的地位の高い裕福な女性の健康と福祉に関するもの」だとした。
しかし、アメリカ中世アカデミーのリサ・フェイギン・デイヴィス博士はこの解釈に反論。いわく:「はっきり言って『Times Literary Supplement』誌がこんな記事を公開したのは驚きです…… バインネック稀覯本図書館に問い合わせれば、すぐに間違いだとわかったはずですから」バインネック稀覯本図書館は、コネチカット州にあるイェール大学の付属図書館として1963年に開館。膨大なコレクションで世界有数の古文書資料センターとなっている。
オカルト専門サイト「Snopes.com」によれば、 2016年にはカナダの研究者たちが自作のプログラムを利用して手稿の解読に挑んだという。
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『世界人権宣言』を380の異なる言語に翻訳したものをサンプルとして行われたこのアルゴリズム解析によって、ヴォイニッチ手稿に記された単語の80%はヘブライ語に由来する可能性があるという結果が得られた。
写真:Kevin Ku / Unsplash
しかし、どのヘブライ語翻訳ソフトを利用しても、手稿の文章を一貫性のある英語に翻訳することはできなかった。もちろん、「Google 翻訳」による解読も試みられた。
プログラムによって解読されたのは、「彼女は司祭、家の人、私、そして人々にアドバイスをした」という一文と、「薬草」「農家」「光」「空気」「火」という語彙だけだった。
しかし、全体としてこの試みは期待外れなものだった。というのも、アルゴリズムは中世の言語ではなく現代語の解読を目的として開発されたものであり、機械翻訳も古書解読に適したツールではないため、大きな学術的意義は認められなかったのだ。
ウェブサイト「Snopes.com」によれば、手稿の解読に挑む人々がいる一方で、キリスト教異端派がピジン言語で記した祈祷書だと主張する者もいるらしい。また、オカルト好きな哲学者がでっち上げた無意味な贋作だという説も囁かれている。
数度にわたる解読成功の報にもかかわらず、誰もが納得のゆく答えはいまだ得られていないヴォイニッチ手稿。果たして、解読される日は来るのだろうか?唯一確かなのは、この謎めいた古文書が人々の興味をかき立ててやまないということだけだ。