中国で相次ぐ、政府高官や市民の失踪
ここ数ヶ月、中国で政府高官の動静が不明になる事態が相次いでいる。外相や国防相まで姿を消しており、様々な憶測が飛び交っている。
政治的に対立した人間を粛清するのは権威主義体制にあっては珍しいことではない。特にソ連では、政権に対して批判的な姿勢を示した人間が消えるのはありふれたことだった。
アジア専門メディア「Asialyst」によると、1949年、中国共産党による中華人民共和国建国時には数千人が姿を消したという。
一時は落ち着いたかと見られた粛清だったが、習近平主席に権力が集中してきた昨今、再び苛烈さを増してきたように見える。今回の措置は、腐敗対策の一環として公式に行われているのだ。
腐敗の摘発は大きく喧伝され、宣告の様子を国営テレビ局中国中央電視台が中継することすらある。だが、『Slate』誌が指摘するように、公式の動きとはいえ、腐敗に関与していると指摘された公務員がどのような処罰を受けるのかは謎に包まれている。
一連の措置の目的は本当に腐敗対策だけなのだろうか? 一部からは、このキャンペーンは政敵を無力化したり、中央からの指令に消極的な態度を示す人間を排除したりする目的があるとも指摘されている。
だが、興味深いことに、2023年には習近平主席の側近と見られていた人物らも姿を消しているのだ。政府内で高い地位にあった人物も、公式の理由説明もないままに姿を見せなくなってしまっている。
今年頭から外相の地位にあった秦剛(チン・ガン)もそのようにして姿を消したひとりで、6月末から動静が不明となり、後に解任された。『Slate』誌によると、駐アメリカ大使時代の不倫関係が原因となった可能性があるという。
また、今年3月に国防相に就任した李尚福(リー・シャンフー)も、8月29日以来公の場に姿を現していない。
このような形で大臣人事が改編されているのは、軍の将軍らとの確執が原因となっている可能性がある。軍内で粛清が続いており、軍上層部と文官との間で緊張感が高まっているのだ。
高官の失踪については情報が不足していることもあり、真相については様々な憶測が飛び交っている。だが、権力中枢以外の市民でも、突然消息がわからなくなる事態は以前から相次いでいた。
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とくに有名なのはジャック・マーこと馬雲の事例だ。アリババグループ創業者で中国屈指の大富豪だが、2020年に公然と中国政府の金融政策を批判したあと数カ月間消息が不明となり、のちに公の場での自己批判と事実上の引退に追い込まれた。
2020年12月にはアメリカの情報サービス会社「ブルームバーグ」の中国人従業員ヘイズ・ファンが自宅にいたところを拘束された。国家の安全を脅かした容疑だという。2022年6月、そのブルームバーグが、同氏が監視付きで釈放されたと報じている。
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2016年から国際刑事警察機構(ICPO、インターポール)総裁を務めていた孟宏偉(モン・ホンウェイ)も2018年10月から姿を消し、翌年まで動静がわからなくなっていた。その後、孟宏偉は腐敗容疑で訴追され、有罪判決を受けて収監された。妻のグレースはフランスに亡命し、警察の保護を受けながら生活している。
中国政府を痛烈に批判した作家のデズモンド・シャム(沈棟)の元妻ホイットニー・デュアン(段偉紅)も粛清の対象となった女性だ。長期間に渡って消息不明となっていたが、2021年に姿を現し、元夫に問題となった本の出版をやめるよう頼んだ。元夫がそれを拒むと、再び消息不明となってしまった。
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テニス選手彭帥(ポン・シュアイ)の失踪も、国際的に評価の高い選手ということもあって広く報道された事例だ。2021年11月に中国の元副首相の張高麗(ジャン・ガオリー)から性的暴行を受けたと告発、以降姿を消した。3か月後に再び姿を現したが、自身の告発を否定し取り下げ、選手活動からの引退も表明した。
2020年1月末、中国で新型コロナウイルス流行の実態を最初期に報じた方斌(ファン・ビン)はその後すぐに行方が分からなくなった。2023年5月に解放されたが、拘束の理由は「虚偽情報の流布」だったという。仏紙『ル・フィガロ』が伝えた。
2018年、キャリアの絶頂期にあった女優范冰冰(ファン・ビンビン)が消息不明となった。理由は脱税とされた。数カ月後に姿を現し、謝罪したが、女優としてのキャリアは大きく損なわれた。
突然消息不明となった女優は他にもいる。たとえばヴィッキー・チャオは2021年8月、各種検索エンジンから突如一斉に名前が消え、SNSのアカウントも削除、出演作もアクセス不能になった。『ハリウッド・リポーター』誌によると、本人とその夫が先述のジャック・マーと非常に親しかったのだという。
著名な現代美術家の艾未未(アイ・ウェイウェイ)も、公然と政府批判を行ったことで中国政府に拘束され、81日間の間消息不明となっていた。この時の拘束について、のちに欧州へと亡命した艾未未が詳細に語っている。
こういった中国市民の拘束において特筆すべきなのは、中国本土以外に在住している人間も対象になり得ることだ。イタリアのヴェローナに本拠を置く国際安全保障研究チーム(ITSS)で中国を専門にしているカルロッタ・リナウドがフランスの放送局「France24」で語ったように、「誰も安全ではない」のだ。
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こうした失踪事件がつづく中国は現在、コロナ禍後の経済低迷に苦しんでいる。中国社会の有力者たちが突然姿を消す事例は、これからも続くかもしれない。
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