「ワグネル」によるロシア軍司令官拘束:以前からあったロシア内乱の伏線
『ガーディアン』紙によれば、ロシアの民間軍事会社ワグネルを率いるエフゲニー・プリゴジンは6月23日、ロシア軍上層部を批判し、公然と反旗を翻したという。ワグネルはロシア南部ロストフ州およびヴォロネジ州の国防省施設を占拠、モスクワに向けて進軍していたが、ベラルーシの仲介で矛を収めた。
ウクライナ侵攻が泥沼化するにしたがって、以前からロシア軍エリートたちの間で不協和音が露呈しつつあった。とりわけ、ワグネルとロシア国防省の確執は現場の兵士たちをも翻弄し始めていたのだ。
弾薬不足や死傷者数をめぐって、すでに何度も火花を散らしているロシアのセルゲイ・ショイグ国防相とワグネル指導者エフゲニー・プリゴジン。プリゴジンは、ショイグ国防相がワグネルに対する適切な物資供給を怠っていると主張し、同国防相を反逆者呼ばわりしたのだ。
そして、この軍部トップ同士の確執は現場の兵士たちを巻き込んでエスカレート。ロシア軍がワグネルの撤退経路に地雷を敷設するという事件まで発生しているほどだ。
ロイター通信によればプリゴジンは6月2日、自軍の撤退経路に対戦車地雷をはじめとする多数の爆発物が仕掛けられており、これは現場のロシア軍司令官の命令によるものだったと主張。ロシア国防省を糾弾したという。
プリゴジンいわく:「敵の進軍を防ぐためなら、味方の背後に爆薬を仕掛ける必要などない。前進中のワグネル部隊がターゲットだったのは間違いない。(国防省は)我々を辱めようとしたのだろう」
この声明の2日後、ワグネルは自軍への発砲を部下に命じたとして、ロシア軍第72自動車化狙撃旅団の司令官ロマン・ヴェネヴィティン中佐を拘束、尋問の様子を動画で公開した。
画像:Telegram @concordgroup_official
『ニューズウィーク』誌によれば、ヴェネヴィティン中佐は10人あまりの部下を率いてワグネル部隊に発砲、武装解除したことを動画の中で認めているとのこと。動機はワグネルに対する「嫌悪感」だったという。
画像:Telegram @concordgroup_official
戦場に私怨の入る余地があるのかと詰問されたヴェネヴィティン中佐は「いいえ」と答えたが、鼻にケガをしているのは映像からも見て取れる。後になって、ワグネルに拘束された際に他の捕虜たちとともに拷問されたと証言している。
画像:Telegram @concordgroup_official
動画の中でワグネルの尋問官に自らの行動を評価するよう求められたヴェネヴィティン中佐は、ひとこと「有罪だ」と答えた。ところが、釈放されるや否やその発言を撤回し、事件について釈明することに。
ロシアの独立系メディア「メドゥーザ」が公開した動画によれば、ヴェネヴィティン中佐は部隊の巡回を行っている際にワグネルとの「不愉快ないざこざ」に巻き込まれ、拘束されたという。
同中佐はワグネルによって地下室に監禁された上、「ウクライナ兵に対し恨みを募らせるロシア軍ですら行わないような」拷問を受けたと主張。何度も殴られたほか、眠ることも許されず、外に引きずり出されるたびに射殺すると脅されたという。
ヴェネヴィティン中佐はさらに、部下とワグネルの間で緊張が高まっていたことを暴露。自軍の兵士が無理やりワグネルの契約書にサインさせられたり、拷問されたりするケースも少なくなかったという。
メドゥーザの報道によれば、同中佐は「部下の兵士たちは拉致された上で、身体的な暴行や尊厳を傷つけるような暴行に晒されたのです。たとえば、この大隊でも下士官が1人拉致されました」と述べている。
同中佐いわく:「ワグネルはその下士官を地下室の冷たい床の上で裸にすると、酸をはじめとする刺激物を眼に吹きかけ、一時的に視覚を奪いました。さらに、ガソリンを浴びせ、火をつけると脅したのです」
さらに、この春にはワグネル戦闘員による性的虐待を受け自殺したロシア兵がいることも暴露。仮にこれが事実だとすれば、ロシア軍指導者たちにとっては憂慮すべき事態だ。
ヴェネヴィティン中佐はまた、第72自動車化狙撃旅団がワグネル陣地の後方に地雷を敷設したという疑惑についてもきっぱり否定。ワグネルはロシア軍の加勢なしではバフムートの占領もできなかったにもかかわらず、「権謀術数」を弄していると批判した。
一方、ロイター通信の報道によれば、ロシア国防省はロシア側で参戦する非正規兵について今月末までに同省と契約することを義務付けたが、プリゴジンは6月11日にこれを拒否。「ワグネルがショイグ(ロシア国防相)と契約を結ぶことはない」と断言した。
ワグネルとロシア国防相の間には以前からこのような根深い確執があり、今回のワグネルによる反乱の伏線になっていたと言えよう。