単なるエンタメアプリのはずが……:TikTok、各国で懸念の対象に
中国企業ByteDanceが世界市場に向けて2017年にリリースしたTikTok。当初はあまり人気がなかったが、2018年にMusical.lyと合併したことで大ブレイク。現在では、全世界に20億人のユーザーを抱える一大アプリに成長した。
TikTokの機能や使い方はシンプル:最長1分間の短い動画をループで表示するのだ。しかし、ユーザーの好みを分析するアルゴリズムを利用してコンテンツをカスタマイズし、興味を惹き続けるようになっている。
国際市場におけるリリース以来、TikTokは大幅な成長を遂げる。実際、モーニング・コンサルト社は2020年、このアプリをZoom、Peacockに次いで3番目に急成長しているブランドに位置づけている。
さらに同じ年、ダウンロード数でInstagramを上回りトップに躍り出たTikTok。SNS管理アプリを提供するHootsuiteによれば、30億ダウンロードを達成した非Facebook系アプリはTikTokだけだという。しかも、Meta社が運営するFacebook、Messenger、Instagram、WhatsAppが2014年のリリースからおよそ10年かけてこの数字を達成したのに対し、TikTokはその半分の時間しかかからなかった。
また、TikTokによってインフルエンサーの活動や収益化の在り方にも変化が。広告掲載料に加えてギフティング機能(いわゆる投げ銭)を備えるほか、ユーザーに何を買うべきではないかを伝える「逆インフルエンス」など、他のSNSとは異なる特徴をもっているのだ。
しかし、TikTokの急速な成長を前に欧米の政策決定者たちは懸念を見せ始める。というのも、TikTokをはじめとするSNSは大量のユーザーデータを収集しており、各国の当局はそれが中国政府に横流しされることを危惧しているのだ。
ニュースサイトBuzzfeedが2022年に行った調査では、実際にユーザーのデータが中国に流出している可能性が指摘された。TikTok親会社の中国人従業員はさまざまな場面でユーザーのデータをチェックしているというのだ。リークされた音声ファイルの中で、従業員は「すべて中国で見られている」と述べている、
これはまさに、ドナルド・トランプ前米大統領がこのアプリを禁止する姿勢を見せてTikTokを批判した際に挙げた理由だ。当時、専門家たちはインターネットにおける自由が制限されるのではと懸念を示したが、バイデン政権もトランプ政権の方針を引き継ぐこととなった。
情報の歪曲に対する懸念や児童保護を目的としたアプリ規制の欠如に対する不安が高まりを見せる中、米政府および議会はTikTokが米国で拡散する内容を精査する方針だ。
一方、中国国内版TikTok「抖音」には子供を対象とした制限が設けられている。未成年者は40分以上アプリを利用することができないほか、夜間の接続やコンテンツの内容も厳しく管理されているのだ。
米議会下院のエネルギー・商業委員会で行われた公聴会では、こういった問題についてTikTokのCEO周受資に質問が投げかけられたという。しかし、ニュースサイトVoxによれば、 5時間にわたる討論にもかかわらず、議会側もTikTok側も立場を正当化することができなかったという。
周受資は始終、TikTokはユーザーのデータを中国当局と共有していないと主張。しかし、周個人または会社と中国政府および中国共産党との関係について問われると、答えを濁してしまったという。これを受けて、TikTokは懸念を解消するため米国にデータセキュリティセンターを開設するに至ったが、議会の姿勢が変わることはなかった。
また、TikTokは米国におけるユーザーのデータを米企業Oracleが同国内に所有するサーバーに保存することを目的とした、15億ドルにおよぶ契約を提示。しかし、議会側はこの説明に納得しなかったようだ。
公聴会では周受資に対し共和党議員・民主党議員の両者から厳しい質問が投げかけられ、TikTokをはじめとするプラットフォームにおける児童保護が党派を超えた課題になっていることが浮き彫りとなった。
一方、一部のユーザーやインフルエンサーたちは議会によるTikTok規制の動きに抗議。公聴会の場で、TikTokが中国政府や中国共産党とデータを共有していることを示す証拠は提示されなかったためだ。
しかし、RESTRICT法(情報通信技術にリスクをもたらす安全保障上の脅威を抑制する法)が議会で承認されれば、TikTokを取り巻く状況は一変する可能性がある。この法律によって政府には「外敵」の技術を禁止する権限が与えられるほか、機密解除を行ってその理由を提示することもできるようになるのだ。
TikTokに懸念を示す国は米国だけではない。プライバシーおよびセキュリティに対する「容認できない」リスクがあるとして政府関係のデバイスからの締め出しを行ったカナダをはじめ、いくつかの国々で部分的な制限が課されるようになっているのだ。
英国当局も3月に、政府閣僚や公務員が使用する携帯電話についてはTikTokを利用禁止とする措置を決定。また、英国議会はすべての公式デバイスおよび議会ネットワークから同アプリを排除した。
ニュージーランド政府のサイバーセキュリティ担当者は議会に対し、立法府のネットワークにアクセスできる公式な端末からTikTokを排除するよう助言。職務の遂行に必要であることを証明できる場合のみ、例外を受け付けるとした。
さらに、欧州連合(EU)も英国やカナダ、ニュージーランドと同様、部分的な利用禁止措置を決めた。禁止措置の対象となったのは欧州議会、欧州委員会、および欧州連合理事会という3つの中央機関だ。さらに、職員に対しては携帯電話からTikTokを削除するようアドバイスがなされたという。
EUの決定に続いたのがデンマークとノルウェーだ。ノルウェーでは国防相が議会における利用禁止を提案。一方、デンマークではセキュリティ問題に加え、公務の役には立たないとして政府関係の端末から排除することが議論されている。
また、台湾はTikTokが国家安全保障上のリスクになるというFBIの警告を受け入れた。公共部門ではタブレットやデスクトップを含むあらゆる端末からTikTokを排除したほか、中国製ソフトウェアの利用も禁止したという。
カシミール地方の国境地帯で発生した軍事衝突でインド軍の兵士20人が死亡、数十人が負傷した事態を受け、インド政府はTikTokをはじめとする中国製ソフトウェア・アプリの全面的な利用禁止を決定。
一方、パキスタンはその他の国々とは異なり、国家安全保障上のリスクではなくコンテンツを問題視。同国政府は2020年以降、4度にわたって禁止令を出している。
アフガニスタンのタリバン政権は2022年にTikTokとPUBG(バトルロイヤルゲームの1つ)を禁止。戒律に厳格な同国政府は禁止措置の理由として、若者たちが「道を踏み外してしまう」可能性を挙げている。
米国におけるTikTok禁止の根拠はいまだ決定的なものとは言い難い。下院議員の中には、このアプリに対する懸念はその他のSNSにもあてはまることを認めた者もおり、新たな法律の施行によって中国企業ばかりか全IT企業が影響を受けるとの見方も出ている。