受精卵の段階でスクリーニング、健康な卵だけを子宮に戻す技術が実用化へ:夢の技術か優生学か?
近い将来、遺伝性の疾患が根絶されるようになるもしれない。ある企業が、複数の胎芽(受精卵が分裂を始め、分化が終了するまえの状態)を分析してもっとも健康なものを両親に提示するというサービスを提供しているのだ。
このサービスでは、体外受精のプロセスが終了した後、2つ以上の胎芽が形成された段階でその企業「Orchid」が健康リスクをスクリーニングする。その結果、両親はもっとも健康な卵を選んで子宮に戻すことが可能になる。
公式サイトによると同社は2023年に起業しており、生まれてくる子供の健康リスクを減少させることを目的としているという。
「Orchid」は「世界でも最新鋭の全ゲノム分析を胎芽に行う」と主張しており、他企業が胎芽のDNAの1%以下しか分析しないところ、99%以上を分析するとしている。
そうして得られたゲノムデータを用いることで、ある種の知的障害や自閉症スペクトラム障害などの神経発達障害のリスクをスクリーニングできるとされている。
さらに、乳癌や前立腺癌、膵臓癌、直腸癌などのリスクも小児癌か成人後に発症するものかを問わずにスクリーニングできるという。
また、先天性の異常や染色体異常、心臓形成異常、糖尿病やセリアック病のような一般的な健康問題も避けることが可能になるとされている。
それだけではなく、アルツハイマー病や双極性障害、統合失調症など脳に起因するリスクも回避できるという。
米放送局CNBCの記事によると、現時点で「Orchid」のスクリーニングには2,500ドル(約40万円)ほどかかるという。ただし同社の創設者でCEOのノール・シディキによると、アクセシビリティを高めるために、事業がスケールアップした際には価格を引き下げるとも言われている。
ただし、このスクリーニングを受けるためには体外受精が必要であり、そのコストも考慮に入れる必要がある。リプロダクティブ・ヘルス研究所によると、アメリカで体外受精を行う場合のコストは平均約12,000ドル(約185万円)とされている。
とはいえ、子の将来を思う両親にとってはこういった値段も安いものかもしれない。特に、遺伝性疾患の既往歴を持つ人にとってはなおさらだ。
同社のウェブサイトで紹介されているアンディとエラの場合がまさにその例だ。ふたりは遺伝性の癌のリスクを考慮してスクリーニングを受けたのだという。
ふたりはこう述べたという:「スクリーニングしない場合、私たちの子供は25%の確率で遺伝性の癌のリスクがありました。でもこのサービスのおかげで健康に生きられる可能性が高まりました」
同社のシディキCEO(写真)は最近『ワイヤード』誌の取材に答えており、自分は仮に自然妊娠が可能であっても、体外受精を行ってスクリーニングを行い、健康リスクを排除したいと語っている。
また、同氏は自社のサービスが優生学と同一視されて批判されていることについても触れている。かつてはヒトラー率いるナチスが「アーリア人」至上主義的な思想から、特定の疾患や身体的特徴を排除しようとしたことがある。
「Orchid」社は厳密に言えば遺伝子操作を行っているわけではないため、ただちに優生学と同一視することはできない。とはいえ、このサービスの倫理的正当性については議論の余地があるところだろう。少なくとも「Orchid」社創設者の立場としては、遺伝性疾患に基づく将来の苦しみを回避する手助けをしている、ということのようだ。