日本の首都圏を水害から守る“地下神殿”:「首都圏外郭放水路」

日本と自然災害
関東平野と川
河川の堆積作用
都市と水害
カスリーン台風の被害
大工事
首都圏外郭放水路
巨大な地下水路
中小河川の水を集める
巨大な井戸のような立坑
トンネルで接続
巨大な水槽
ポンプで地上へ
巨大な設備
巨大なトンネル
巨大な水槽
“地下神殿”
巨大ポンプで排水
全長6.3キロメートル
放水回数は年間平均7、8回
浸水被害を軽減
観光資源としても
世界の大聖堂と比較
日本と自然災害

日本の人々は台風などの大雨がもたらす水害と数世紀にわたって戦いを繰り広げてきた。そのような長い歴史からみると、日本の首都圏はごく最近になってから、この戦いの強力な切り札を手にしたと言える。

関東平野と川

東京は関東平野に位置している。関東平野には、久慈川、那珂川(なかがわ)、利根川、荒川、多摩川、鶴見川、相模川の7つの重要な水系があり、その他、大小さまざまの多くの川が流れている。

写真:Unsplash - Joseph Chan

河川の堆積作用

関東平野は、さらにいえば日本の平野はそもそも、河川の堆積作用によって長い時間をかけて作られたものである。

 

都市と水害

その意味では、台風などで大雨が降り、川が氾濫し、地形が変わったり川の流れが変わったりすることも、ある程度は自然な出来事といえる。だが、それによって町が水浸しになることや、人の命が奪われることもある。

カスリーン台風の被害

1947年、日本は大きな自然災害を経験する。戦後まもない昭和22年9月、カスリーン台風が関東地方や東北地方に大雨を降らせ、各地の河川を氾濫させたのだが、とりわけ利根川流域において、死者1,100人、家屋浸水303,160戸、家屋の倒半壊31,381戸という甚大な被害をもたらしたのだ。

大工事

この大水害を教訓として、戦後の日本政府は災害の予防やリスク軽減のために巨額のお金を投じてきた。その真骨頂といえるのが、1990年代に着工された大工事である。

首都圏外郭放水路

その大規模なプロジェクトにより作られたのが、首都圏外郭放水路(しゅとけんがいかくほうすいろ)だった。

巨大な地下水路

現代の土木工学が生み出したこの水路は要するに、大雨が降ったとき、埼玉県東部(春日部市のあたり)を流れる中小河川の洪水を取り込み、一時的に貯めこみ、タイミングを見計らって大きな河川に流し込むための一本の地下水路である。

中小河川の水を集める

この地下水路は、大落古利根川(おおおとしふるとねがわ)、幸松川(こうまつがわ)、倉松川(くらまつがわ)、18号水路からの水が流れこむ仕組みになっている。これらの河川の水位が上昇し、あるポイントに達すると、水が自然に地下水路に流れこむようになっているのだ。

巨大な井戸のような立坑

河川から流入した水は、巨大な井戸のような「立坑(たてこう)」によって受け止められる。大落古利根川の水が流れ込むのが第5立坑、幸松川が第4立坑、倉松川が第3立坑、18号水路の水が第2立坑へといった具合だ。

 

トンネルで接続

立坑はそれぞれ、第5立坑から第4立坑へ、第4立坑から第3立坑へ、第3立坑から第2立坑へ、第2立坑から第1立坑へと、4本のトンネルでつながっている。

巨大な水槽

第1立坑は上部のところで巨大な水槽と接続している。この水槽は「調圧水槽」と呼ばれ、その広大なスペースによって水の勢いをやわらげる役目を持っている。

ポンプで地上へ

勢いをやわらげられた水は、ガスタービンの動力を用いたポンプによって地上へと運ばれる。運ばれた水は、管を通り、比較的大きな江戸川へ排水されることになる。

巨大な設備

これらの設備はいちいち巨大である。たとえば立坑は、最も巨大なもので深さ約70メートル、内径約30メートルの円筒形をしている。これはスペースシャトルや自由の女神がすっぽりおさまるサイズだという。

巨大なトンネル

立坑をつなぐトンネルも、内径10メートル以上と極太だ。電車がすれ違うことのできる地下鉄トンネルがそのくらいの大きさである。

巨大な水槽

とりわけ目をみはるのが、調圧水槽である。地下22メートルに位置するこのコンクリートの空間は、奥行き177メートル、幅が78メートルとサッカー場よりも広く、やはりコンクリートの巨大な柱(高さ18メートル)がそこに59本も配されて、天井をしかと支えている。

“地下神殿”

その非日常的なスケール感と幾何学的なシンプルさが、見るものに畏敬の念を抱かせるところから、この空間は神殿にたとえられることもある。

巨大ポンプで排水

この荘厳な空間に貯められた水は、4台の巨大なポンプによって排水される。このポンプは航空機用に開発されたガスタービンを改造したものであり、その動力によって巨大な換気扇のような羽根車「インペラ」を高速回転させ、水に動きを与える。ポンプ1台の排水能力は毎秒50立方メートルだ。

写真:Unsplash - Clement Souchet

全長6.3キロメートル

この地下水路の全長は、6.3キロメートルである。1980年代前半に計画が策定され、1993年に着工された。2002年から部分的に運用が始まり、全てが完成したのは2006年だった。工事費は約2300億円という。

放水回数は年間平均7、8回

もちろん、この放水路はしっかり働いており、年に平均で7、8回ほど水が流れこんでいるという。

浸水被害を軽減

この放水路は、部分的に運用が始まった2002年から2020年にかけて、およそ1400億円相当の浸水被害を軽減してきたとのこと。

観光資源としても

また、観光の面からも注目が集まっている。その目玉はやはり「地下神殿」で、国内外から観光客を呼んでいる。

世界の大聖堂と比較

その巨大建築の威容は、他の宗教建築と比較することでよりよく味わえるだろう。たとえば、スペインのメスキータ(コルドバの聖マリア大聖堂)と比べてみるのも楽しいかもしれない。

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